『シン・仮面ライダー音楽集』解説(アニメ特撮研究家・氷川竜介さん)

大いなる原点、菊池俊輔と『仮面ライダー』の音楽

文:氷川竜介(アニメ特撮研究家)

 映画『シン・仮面ライダー』のエンディングは、1971年の『仮面ライダー』オリジナル主題歌・挿入歌3曲(「レッツゴー!!ライダーキック」「ロンリー仮面ライダー」「かえってくる仮面ライダー)で締めくくられる。そして劇中のサスペンス、アクションシーンの一部にはオリジナルBGMがそのまま使われ、岩崎琢の新曲と融合して独特の音楽世界を形成している。

 これらオリジナル曲すべてを作曲した作家が菊池俊輔(1931年〜2021年)である。情熱と哀愁とスピード感を兼ねそなえたその楽曲は「菊池節」とも呼ばれ、ファンに親しまれてきた。このコラムでは『シン・仮面ライダー』をより深く味わっていただくため、その菊池俊輔の音楽について解説する。

 まずアニメ特撮音楽史的な位置づけから始めよう。ワールドワイドで考えると、菊池俊輔はもっとも広い地域の人びとに親しまれた作曲家である。それはJASRAC賞で1982年から制定された外国使用部門(後に国際賞と改名)で分かる。菊池俊輔は第2回をロボットアニメ『UFOロボ グレンダイザー』で受賞している。以後も『ドラゴンボールZ』『ドラえもん』『キテレツ大百科』と国民的アニメでBGM主体に受賞し、アニメでは最多の受賞者と記録されている。

 日本における菊池節は「歌って楽しく燃える曲」としても記憶に残っている。90年代以後、日本ではカラオケボックスが普及し、アニメ特撮ソングは「聴くもの」から「歌うもの」へと変わった。そして場を盛りあげる熱唱として、1970年代を中心とするアニメ特撮ヒーローソングが多く歌われるようになった。その作曲家は、かなりの割合で「菊池俊輔・渡辺宙明」であり、菊池俊輔は熱血系アニソンのツートップのひとりなのである。そして70年代を歌って燃える熱血ソング方向へ導いた原点が1971年の『仮面ライダー』というわけだ。

 その曲調は、1960年代から1970年代へ向かう時代性の変化を反映したものでもあった。最初期の60年代、アニメと特撮は包括的に「テレビまんが」と呼ばれていた。主題歌は児童層のリスナーを意識し、童謡、行進曲、コマーシャルソングと共通する明朗快活な曲調が多く選ばれた。事実、1965年に菊池俊輔のアニソンデビュー作となった『宇宙パトロールホッパ』もマーチ風である。日本が国際社会に復帰し、高度成長を遂げていく右肩上がりの気分を反映していたのだ。

 しかし60年代も末に近づくと、ベトナム戦争の泥沼化、学生運動の高まり、公害や交通戦争の激化など、時代の気分がダークに転じていく。映画業界も斜陽化して労働組合闘争を招いた結果、テレビの世界へと覇権が移転していった。その中で菊池俊輔は1969年の『タイガーマスク』の主題歌で新時代を切り拓く。組織を裏切って信念に生きる主人公の切ない心情を歌いあげるために、当時流行のマカロニ・ウエスタンで多用されたハイテンポでマイナーな曲調を援用し、アニメソングの流れを変えたのである。

 1971年の『仮面ライダー』における菊池俊輔の仕事は、この発展形と言える。激しく叩きつけるドラムとベース、鋭く刻みこむエレキギター、高らかに歌いあげる哀愁のトランペットなどの金管楽器。副主題歌「仮面ライダーのうた」等では軽妙なパーカッションも重視され、大人びたトーンになっている。

 1960年代後半、菊池俊輔は実写の世界で『昭和残侠伝』『浪曲子守唄』『吸血鬼ゴケミドロ』など、任侠アクション、ホラー、サスペンスと数多くのジャンルムービーの映画音楽を手がけてきた。そのキャリアの蓄積はテレビドラマ『キイハンター』のBGMで総決算的に開花し、1968年から5年間続く長期シリーズを支えた。企画時に「怪奇アクション」と銘打たれていた『仮面ライダー』は、その応用編、あるいは子ども向けのアダプテーションでもある。当時の児童は、世間の裏側でうごめく陰謀や大人のムードを漂わせた菊池BGMから「時代に即したダークネスと象徴する格好良さ」を受けとっていたのである。

 『仮面ライダー』の音楽は、大きく歴史を変えた。60年代には簡易なソノシート中心だった主題歌商品は、『仮面ライダー』のヒットによりステレオ録音による高音質のレコードへ変化していく。そして大ヒットを受けたメーカーの日本コロムビアは、挿入歌を追加録音して全12曲入りのアルバムを制作したのである。このようにして、アニメ特撮の音楽は「繰りかえし聴いて楽しむもの」へとステージアップした。アルバムの中からは「ライダーアクション」「ロンリー仮面ライダー」がシングルカット的にシリーズ途中からのオープニング、エンディングに昇格するに至り、大きな役割を果たしている。

 かくして『仮面ライダー』を契機に拡大した「変身ブーム」はテレビまんがソングの量産化を招き、アニソン専門歌手を誕生させ、一大ジャンルを築いていくことになった。中でも変身ヒーロー、巨大ロボットヒーロージャンルの主題歌、挿入歌の作曲・編曲(一部はアレンジャーを起用)、劇中BGMと一貫した音楽世界を構築した菊池俊輔の仕事は、これからも古典として永く愛されていくに違いない。

 その原点中の原点、大衆が初めて聴いた主題歌「レッツゴー!!ライダーキック」は、本郷猛役の藤岡弘、による歌唱が採用された。よく知られている藤浩一(子門真人)バージョンは第14話の2号ライダー編になって以降である。原点を重視する庵野秀明監督は、『シン・仮面ライダー』の特報を本郷猛役の池松壮亮が歌唱する「レッツゴー!!ライダーキック」に乗せることで、1971年版の「仮面ライダー初登場」のオープニングにリスペクトを捧げたのである。

 本編BGMでも「ここぞ」というポイントに菊池俊輔のBGMが原曲のまま使われている。そして「レッツゴー!!ライダーキック」は、音楽担当の岩崎琢が大胆かつエキサイティングにアレンジし、映画の熱量を高めている。あくまでも「昔なつかしい」ではなく、半世紀前に受け止めたエネルギーを再燃焼させ、また新しい高みへとジャンプするために、菊池俊輔の音楽も触媒として使われているのだ。

 こうした歴史の厚みを理解した上で映画『シン・仮面ライダー』を再見すれば、庵野秀明監督が何を試みたのか、新たなヒントが浮かぶだろう。そしてそうした想像を巡らせる観客の心にも、また新しい熱気が生まれるはずである。